ティラノサウルス(Tyrannosaurus)名前消滅の危機
国際動物命名規約と先取権
有名な「ティラノサウルス(Tyrannosaurus)」の属名がなくなる可能性があったことをご存じでしょうか。
動画でも、ご覧いただけます。(8分27秒)
動物の学名を決める基準は、国際動物命名規約によって定められています。動物の命名は、先取権が原則となっています。 つまり、「先に論文を発表し、先に名前をつけたもの勝ち」なのです。
[ブロントサウルス(1879年命名)]と呼ばれた恐竜が、先に命名されていた[アパトサウルス(1877年命名)]と同一属であることが分かり、 「アパトサウルス」を有効名とし、「ブロントサウルス」の学名が無効となったことは有名なお話です。 (ブロントサウルスとアパトサウルスの属名については2015年に新たな説も提唱されましたが、まだ論争が続きそうな雰囲気です。 「別属とするべき」と主張した2015年の論文にも、反対の意見が出されている状況です。)
ティラノサウルスの命名
ティラノサウルスが命名されたのは、オズボーンが記載した1905年の論文でした。 アメリカ・モンタナ州で1902年に発見された化石について調査したものです。 「暴君トカゲ」-ティラノサウルスは、最も有名な恐竜のひとつです。
名前消滅の危機
「ティラノサウルス」名前消滅の危機が訪れたのは、2000年6月のことでした。
この年アメリカ・サウスダコタ州でティラノサウルスの化石が発掘されましたが、 驚くべきことに、その化石が1892年にマノスポンディルス(Manaspondylus)として発掘・論文記載されたものと同じ個体であることが分かったのです。つまり、ティラノサウルスとマノスポンディルスが同属であることが示されました。
ティラノサウルスが論文で命名されたのは1905年のことなので、名前の先取権は1892年記載のマノスポンディルスにあります。 「ティラノサウルスの属名は無効となり、マノスポンディルスが有効名となるのでは」と名称変更への論争が起こりました。
もしそうなれば、発行されている恐竜図鑑はすべて差し替えになります。ティラノサウルスが載っていない恐竜図鑑なんてありませんから・・・。
「ティラノサウルス」の名前を救ったもの
「ティラノサウルス」の名前を救ったのは、動物命名法国際審議会による強権発動でした。
厳密に原則(学名の先取権)を適用すると、それまで一般に受け入れられてきた学名が知られていない名前に置き換わることがありえます。 それでは利便を失ってしまうので、動物命名法国際審議会が認めた場合にのみ例外措置(先取権を覆す)=強権発動が認められています。
わずか半年前2000年1月に発行された「国際動物命名規約 第4版」で定められた例外措置の規定により、動物命名法国際審議会が強権を発動して 属名「ティラノサウルス(Tyrannosaurus)」を保全名としたのです。(タイミングとしては、まるでこの例外措置そのものがティラノサウルスの属名を保つために規定されたかのよう。)
この例外措置の適用によって、「ティラノサウルス」の名前が使われ続けることになりました。